Palioの翌日はこの勝ったContradaの行進の日と定められていて、Contradaの衣装に身を包んだ人々が、Palioに勝ったContradaに属するものは生まれ変わるとの言い伝えの元で哺乳便やおしゃぶりを首から下げ、街中をPalioの旗とともにパレードします。また、Palioの前には多くのひとがContradaのスカーフなどを身に付けていますが、Palioの後にはこれを身に付けて外を歩いているのは勝ったContradaのひとだけになります。
またほぼ毎晩、勝ったContradaの人によるCentro内のタンバリンをたたき、旗を振っての凱旋行進が行なわれます。 今回のIstriceの勝利は2000年以来2年振りでしたが、その前に2000年に25年振りに勝利したとき、および1996年8月にBrucoが41年振りに勝利したときには超盛大に連日連夜騒ぎが繰り広げられたそうです。今年8月のPalioには42年間勝利から離れているTorreは参加しませんので10年以上勝利から離れているLupaなどが勝ったときには涙・涙の勝利の凱旋が行なわれることになると思います(ずっと勝利から遠のいていると勝ったときには是非Piazza del Campoから飛び出して馬と騎手に抱きつきたいと思うのか、7月のPalioの時にSeneseで最も多くPiazza del Campoで観戦していたのはTorreのひとのように見えました; 残念ながら今回も勝つことは出来ませんでしたが)。
さて、夏が終わるとPalioに勝ったContradaでは盛大に勝利の宴が行われます。Palioに勝ったContradaにはSienaのComuneから銀の皿(Piatto)が貸し出され、伝統的に勝利の宴の中でこの皿に米を盛り食べるそうです。
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