[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」

2003年7月2日のil Palio

5月25日の夕方、午後7時にPiazza del Campoで行われたEstrazioneで、2002年7月のPalioに参加したContradaの中から3つの、今年7月のPalioに参加することができるContradaの抽選が行われました。昨年の不祥事の結果としてOcaとLupaは1回の出場停止処分を、Istriceは5回のPalioの出場停止処分を受けていましたので、残りの7つのContradaから抽選が行われ、Chiocciola、Aquila、Panteraの3つのContradaの出場が決まりました。
6月29日に行われた、Palioに参加する10のContradaに馬を配分する抽選(tratta)の結果は以下のようになり、昨年(2002年8月)のPalioで圧勝した馬Berioは、1979年7月以来勝利から遠のいているContradaであるCivettaが手にしました。Piazza del Campoでtrattaの結果を食い入るように見ていたCivettaの人びとはまるで勝ったかのような大喜びをしていました。このCivettaと深く対立しているのが2年前に2年連続の勝利を手にしたLeocornoで、こちらも以前Palioで勝ったことがある強い馬Urban IIを手にし喜んでいました。Piazzaに集まったもう1つの対立するContradaの組であるAquilaとPanteraは、お互いに最高ではないけれどもそう悪くもない馬を手にし、Panteraは昨年8月のPalioでBerioに乗りTartucaを勝利に導いた騎手Luigi Bruschelli(Trecciolino)を起用することを決意しました。
これと対極的なのが、同様に対立心の強いChiocciolaとTartucaで、Chiocciolaはあまり評判の高くない若い馬Baresiを、Tartucaは昨年8月のPalioで、競技直前に足を痛めて結局出場を辞退した馬Brentoを手にしました。
Civettaと同じくらい喜んでいたのが2001年8月のPalioで勝ったContradaであるDragoで、昨年7月のPalioで勝利した名馬Ugo Sancezを手にし、さらにこのDragoは昨年7月のPalioでIstriceを優勝させた騎手Luca Minisini(De')といい関係にあったため、またこの組み合わせでPalioが狙えるのではないかとの喜びでいっぱいでした。ライバルMontoneが参加しないNicchioは今までのPalioで一度もいい結果を残したことがない駄馬Alessandraを手にしながら、なんとか勝てないかと神に祈っているかのようでした。
そして2001年8月にDragoを勝利に導いた馬Zodiachは、2002年8月のPalioでは残念ながらレース直前に馬Brentoが足を怪我したため出場を断念したContradaのSelvaの手に入りました。Selvaは昨年8月同様、若手騎手のAntonio Villella(Sgaibarre)にもう一度騎乗機会を与えることを決定しました。
Sgaibarreは2002年8月のPalioでスタート地点までは立ちましたが競技には参加しませんでしたので、SgaibarreとNicchioのGiovanni Atzeni(Tittia)がPalioに初めて参加する騎手となります。

2003年7月2日のPalioに参加したContradaと馬・騎手(勝ったのはSelva)
Contrada騎手最後の勝利Contrada騎手最後の勝利
LeocornoUrban II
(10歳、去勢雄)
Walter Pusceddu(Bighino)02.07.2001CivettaBerio
(6歳、去勢雄)
Giuseppe Pes(il Pesse)04.07.1979
ChiocciolaBaresi
(6歳、去勢雄)
Massimo Colombu(Veleno II)16.08.1999GiraffaZoarco
(8歳、去勢雄)
Dino Pes(Velluto)16.08.1997
SelvaZodiach
(5歳、去勢雄)
Antonio Villella(Sgaibarre)09.09.2000DragoUgo Sancez
(10歳、去勢雄)
Luca Minisini(De')16.08.2002
PanteraZilata Usa
(8歳、去勢雄)
Luigi Bruschelli(Trecciolino)02.07.1994AquilaAltoplato
(7歳、去勢雄)
Martin Ballesteros(Pampero)03.07.1992
NicchioAlessandra
(7歳、雌)
Giovanni Atzeni(Tittia)16.08.1998TartucaBrento
(6歳、去勢雄)
Dario Colage'(il Bufera)16.08.2002

Sienaの新聞によると、有力なのはSienaの市民に最も人気のある馬Berioを引き当て、24年ぶりの勝利奪回に燃え、ベテラン騎手Giuseppe Pes(il Pesse)を起用したCivetta、Berio同様人気があり、過去のPalioで2回勝ったことのあるUgo Sancezを引き、さらに相性の良い騎手Luca Minisini(De')を起用したDrago、2000年9月のPalioで勝った馬Urban IIを引いたCivettaの永遠のライバルLeocorno、2001年のPalioでDragoを勝利に導いたZodiachを引いたSelvaの4つのContradaでした。SienaのPalioはPiazza del Campoという特殊な場所で競技が行われるため、一度勝ったことのあるベテランの馬や駆け引きを知っているベテランの騎手に人気が集まります。
ただしそのような特殊な馬場で行われるため運の要素も無視できず、新聞では馬、騎手の経験や様子だけでなく占いの結果まで書かれ、どのContradaの人も望みを捨てないようにと記事を続けていきます。この時期にSienaの新聞が最も高い売り上げ部数を誇るといっても過言ではないでしょう。
朝9時、夜7時45分にPiazza del Campoで行われる練習走行(prova)が行われ、Sienaの人びとの興奮は日に日に高まっていきます。駄馬を引いてしまったContradaももし運が良ければ勝てないとも限らず、敵のContradaを勝たせまいとするSiena名物の買収も裏で着々と進んでいるようです。
5回目、夕食会の前の練習走行(Prova Generale)に勝利したDragoはSan Domenico教会の中庭でまるで勝ったかのような夕食会を夜遅くまで続けていました。その他、ここまで4回行われた練習走行で勝ったのはSelva、Pantera、Giraffa、Panteraですが、いい馬を持っているContradaほど練習走行で無理をしないように走らせますので、実際の結果はどうなるのは全く予想が付きません。

dopopalio dopopalio dopopalio in duomo

Palioの1日前の7月1日の夕方7時45分に"Prova Generale"と言われる練習走行が、イタリアの軍の警察Caravinieriの馬に騎乗したパレードのあとに行われ、そのあとはContrada全員で勝利を祈る夕食会が行われます。この夕食会ではContradaの人だけでなく、一般の人もチケットを購入すれば参加することが出来、Contradaの若者らによって用意された食事を食べながら歌を歌い、盛り上がります。
上の写真はPiazza San GiovanniでDuomoの洗礼堂をバックに行われたContrada della SelvaのPalioの前日、7月1日の夜のお食事会の様子です。一段高い洗礼堂の階段のところに座っているのがこのContradaのPriore、Capitanoおよび騎手Antonio Villella(Sgaibarre)です。
翌7月2日朝に行われた最後の練習走行では、有力馬Berioを擁するCivettaが勝利を果たしました。Civettaの騎手il Pesseはこの道40年以上の超ベテラン騎手ですが、Palioの直前の練習走行では常にげんを担いで勝利するので、Civettaの人びとも24年前の喜ばしい日々を思い出したかのように大喜びしていました。

dopopalio in duomo dopopalio dopopalio
今回のDrapellone騎手Antonio Villella(Sgaibarre)Selvaの教会S. Sebastiano


2003年8月16日のil Palio

2003年8月のPalioに出場できるContradaを選ぶ"Estrazione"はNobil Contrada del Brucoの守護聖人のお祭りの日であった7月7日に行われました。その年の2回行われるPalioに2回とも出走できないというのはとても悲しいことらしく、この日の午後7時にPiazzaに行ってみるとたくさんのSeneseが集まっていました。右下の写真にEstrazioneで選ばれた後胸を張って行進するBrucoの(偉そうな)人々とPalazzo Pubblicoが写っていますが、ここに掲げられたContradaの旗のうち左から6つが昨年出場できず、今年出場する権利があるContrada(Torre, Aquila, Civetta, Giraffa, Nicchio, Chiocciola)、それに続いて今回選ばれたContrada(Lupa, Bruco, Leocorno, Onda)が並んでいます。
最後に選ばれたOndaの人々の喜びはすさまじく、下の写真にもあるようにPalazzo Pubblicoの壁をよじ登って喜びを表現していました。
本来、Estrazioneの後に今回出場できないContradaの旗が掲げられるのですが、昨年のPalioでIstriceの一部の人々が暴れたため、今回のPalioには出場停止処分を受けていました。そのため、右下の写真にもあるように一つだけ上の段に旗が掲げられています。
dopopalio in duomo dopopalio
Palioに参加できることを喜ぶSienaの人々


2003年8月16日のPalioに参加したContradaと馬・騎手(勝ったのはBruco)
Contrada騎手最後の勝利Contrada騎手最後の勝利
LeocornoBrento
(6歳、去勢雄)
Antonio Villella(Sgaibarre)02.07.2001CivettaZodiach
(5歳、去勢雄)
Giuseppe Zedde(Gingillo)04.07.1979
ChiocciolaAltoplato
(7歳、去勢雄)
Luca Minisini(De')16.08.1999GiraffaUrban II
(10歳、去勢雄)
Giuseppe Pes(il Pesse)16.08.1997
BrucoBerio
(6歳、去勢雄)
Luigi Bruschelli(Trecciolino)16.08.1996LupaBaresi
(10歳、去勢雄)
Alessandro Chiti(Voragine)02.07.1989
AquilaBig Big
(6歳、去勢雄)
Andrea Mari(Brio)03.07.1992TorreAltu' Valoroso
(7歳、去勢雄)
Walter Pusceddu(Bighino)16.08.1961
NicchioAmoroso
(7歳、雌)
Giovanni Atzeni(Tittia)16.08.1998OndaAlghero
(6歳、去勢雄)
Alberto Ricceri(Salasso)02.07.1995

さて今回のPalioですが、Ugo Sancezの直前の不出場もあり7月同様多くの人々が"勝てる馬はBerioとZodiachしかいない!!!"と思っていたような節があり、Tratta(馬のくじ引き)でも少ない当たり馬を待つ人々であふれていました。逆にもっとも期待されていない馬Altu' Valorosoを引いてしまったTorreのひとは失望のあまり立ち上がれなくなっていました(新聞にも、40年以上勝っていないContradaにこのような馬が来るということはあまりにもひどすぎるとのコメントが掲載されていました)。Sienaでは1996年にBrucoが41年ぶりに勝って以来、勝ちにもっとも縁遠いContradaがTorre、それに続いて20年以上勝っていないCivettaとなっていますが、Civettaは今度は7月に勝った馬であるZodiachを引き当て、今度こそ勝てるのではないかという期待の中で多くのひとが涙を流して喜んでいました。
しかしこのTrattaの日の主人公は7月にくじで出場権を手にしたBrucoの人々で、仮にいい馬を引いた場合ここ5年間勝ち続けている騎手Luigi Bruschelliとの約束があったためか、昨年8月のPalioで勝った今回の超本命馬Berioを引き当てたときにはまるで勝ったかのような喜びようでした。
Trattaの翌日、Sienaの新聞はこのBruco以外にCivetta(Zodiach), Chiocciola(Altoplato), Bruco(Berio), Giraffa(Urban II)を本命として挙げていました。
実際のPalioのレースでは、スタートを決めるRincorsoの位置を得たCivettaがチャンスをうかがいなかなか出発しなかったこと、一部の馬の機嫌が悪くうまく整列が出来なかったこと、およびOndaの馬が(多分他の馬に"calcio"と呼ばれる蹴りを受けて)調子を悪くし、獣医の診断を受けたことなどがあり、いつも同様長いMossaとなっていましたが、やっとスタートすると、スタートダッシュで最初トップにいたGiraffaをBrucoが抜き、その後Giraffaの馬がNicchioの馬とカーブを曲がる際に軽く衝突したり、またカーブの時に外側にぶれたNicchioとCivettaの馬が軽く衝突するなどのアクシデントがあり、本命のBrucoが最後は余裕を持ってゴールに入ってきました。2周目を回ったあたりからBrucoの馬が独走していたので、ゴールには7年ぶりの(それも、途中でライバルのGiraffaを抜いての)勝利を喜ぶ人がたくさん集まっていました。
Drapperoneの近くでPalioを見学していた、今年イタリア代表に選ばれたLazioに所属するBernardo Corradiは喜んでいる映像が全国中継され、またインタビューを受けるときもその話ばかりされたせいかPalioの後にはものすごく喜んでいたのにその数週間後のインタビューでは...."Palio.....その話はもうやめてください....."と言っていました。
また多くのPiazza以外でPalioを見ていた人々は急いでDuomoに向かっていました(Palioの時に、自らのContradaの勝利を信じてDuomoの前で待つSeneseももちろんいます。そのため、Palio直後はPiazza同様に勝利に喜び抱き合う人と、肩を落とし家路に戻る人が交差しています)。
Brucoの勝利の写真を見て"2002年8月とあまり変わらないような写真だ"と思われる方もいらっしゃると思いますが、騎手と馬は全く同じでContradaが変わっただけです(Berio, Bruco, Bruschelliで3つのBと新聞が喜んで見出しを付けていました)。騎手Bruschelliは、今回のDrapperoneにSiena派絵画の巨匠Duccioの絵が描かれていたこと、彼の父がDuccioという名であることからこの勝利を父に捧げたいと新聞に話していました。

dopopalio dopopalio in duomo dopopalio
Palioの翌日のBrucoの勝利のパレード
(17.08.2003)
今回のDrapellone


Back to Previous Page back HOME go to page Top

参考文献; La Terra in Piazza, 1994, nuova immagine editrice (University of California Press)