Palio dell'Assunta; 2004年8月16日のPalio(1/3)

7月のパリオの次の日曜日である2004年7月11日に、8月のPalioに参加出来る4つのコントラーダを選出する抽選会がPiazza del Campoで例年通り夕方7時から行われました。

抽選会(Estrazione)の開始を告げるComuneの人々。Istriceはペナルティのため今年もパリオに参加することが許されませんでした。1979年から勝利から遠ざかっているCivettaに当てたライバルLeocornoからのメッセージ

昨年8月のパリオに参加できず、そのためすでに出場が決まっているContradaであるMontone(雄羊のコントラーダ)、Pantera(豹のコントラーダ)、Tartuca(カメのコントラーダ)、Selva(森のコントラーダ)、Oca(アヒルのコントラーダ)、Drago(竜のコントラーダ)の6つの地区Contradaと、2年前のパリオの後に起こした不祥事のためにすでに出場停止が決定しているContradaであるIstrice(ヤマアラシのコントラーダ)の旗がParazzo Pubblicoの窓から挙げられています。19時の鐘がシエナの街に鳴り響いた後にPalazzo Pubblicoの中で、Contradaの隊長(capitano)らの見守る中抽選が開始され、抽選後まずパリオに出場出来るContradaを意味する下の段に、選出されたContradaの旗がゆっくりと掲げられていきます。
今年8月のパリオにはシエナで2番めに大きいといわれる、現シエナ市長Cenniも属するNicchio(貝のコントラーダ)、20年以上も勝利から遠ざかっているCivetta(フクロウのコントラーダ)と限りなく敵対している、(シエナの人にいわせると)抽選でよく選ばれる運のいいContradaのLeocorno(一角獣のコントラーダ)、昨年8月のパリオに参加出来なかったことから、今回のパリオに参加することが決まっているPanteraと激しく対立しているAquila(双鷲のコントラーダ)、昨年8月のパリオで勝利を遂げ、抽選の日に、伝統の守護聖人のために市内を巡るパレードを行っていたBruco(虫のコントラーダ:このコントラーダは昨年も抽選で出場が決まりました)が選出されました。


この日に2004年7月のパリオの勝利のパレード(il corteo)を行っていたGiraffa(キリンのコントラーダ)、シエナで現在まで最も長い間勝利から遠ざかっている、OcaとOnda(波のコントラーダ)という2つのContradaと激しく対立しているTorre(塔のコントラーダ)、そのTorreの次に勝利から遠ざかっているCivettaなどは今回のパリオに参加することが許されませんでした。
Leocornoが抽選で選ばれ、ライバルCivettaが選ばれないことが決定したときPiazzaの片隅で上写真にあるような垂れ幕が上げられました。"Gufo"とはイタリア語でフクロウ(civetta)の別の言い方で、人付き合いの悪い人の蔑称にも使われます。また"arrenditevi"とは動詞arrendereの命令形の1つで、”降伏せよ”という意味です(civettaは1979年以来25年間勝利から遠ざかっています)。同様に、今回のパリオで宿敵Torreが参加出来ないことを喜んだOcaの人々は大きな声でTorreが勝てないことを侮辱する歌を歌っていました。
2004年最後のパリオである8月のパリオまであと5週間を切りました。この10のContrada(Montone、Pantera、Tartuca、Selva、Oca、Drago、Nicchio、Leocorno、Aquila、Bruco:ちなみにこの順番でパリオ当日のパレードが行われます)では8月13日の午後1時、Contradaにパリオのレースに参加する馬が抽選であてがわれる時まで、どきどきした緊迫の楽しい日々が始まります。レースに参加する馬は来月3日までシエナの市役所で受け付けられ、選別されますので、シエナの新聞、ラジオには様々な馬の名前が並び、街のあちこちでパリオの話が繰り広げられます。また参加できないContradaでもライバルを勝たせないための買収合戦が繰り広げられるでしょう(シエナのパリオではたとえ何があっても一番最初にレース開始後Piazza del Campoを3周したContradaが勝利を手にします)。どこのContradaが優勝旗Drappelloneを手にすることが出来るのか、それはいまのところ神様だけが知る話です。

Palioの5日前の10日の夜7時にPalazzo PubblicoのCortile di Podestàで、ポーランド人の画家Igor Mitorajによって描かれた、例年同様パリオに勝ったContradaが所有することを許される、Madonnaをテーマとし、さらにパリオに参加する10のContradaのシンボルが描かれた優勝旗Drappelloneが発表されました。シエナのパリオの競技そのものは、スタートが有効かどうか判断するMossiereの許可から、パリオに参加する10のContradaの馬が全速力でPiazza del Campoを3周するだけですのでほんの2-3分の出来事ですが、その前には、2年連続パリオに出場出来る幸運なContradaを決めるパリオの5週間前の日曜日の抽選、パリオの4日前に行われる、パリオに参加出来る10のContradaに配分する馬を決めるための抽選が行われます。特に馬は運が最も大切な要素のシエナのパリオにおいて、Contradaで選ぶことが出来ない大切な要素なので、多くのシエナの人々はこの4日前の馬の抽選がパリオのすべてを決める最も大切な瞬間であると話します。

Assegnazione dei cavalli

8月のパリオに参加を希望する馬の登録が8月3日までシエナ市により行われました。持ち主により申請されたおよそ80頭の馬には、始めに郊外の、大きな動物病院があるCeppoでパリオを走るのに問題がないかどうかを獣医や各Contradaの責任者らが見る健康診断が行われました(この健康診断の様子はシエナのテレビ局で放映されていました)。これにより選ばれた馬によりさらに明け方の予備選考がPiazza del Campoで行われ、31頭の馬にパリオに参加する馬を決めるための公開選考会(Tratta)への出場資格が与えられました。
Trattaはパリオの4日前の8月13日の午前中にPiazza del Campoで行われました。Trattaには29頭の馬が参加し、その中から各ContradaのCapitanoらにより、今年7月のパリオでGiraffaに勝利をもたらした馬Donosu Tou、Trattaで抜群の調子の良さを見せた、既に2回のパリオでの勝利経験がある一番人気の馬Zodiach、前回7月のパリオで惜しくも勝利を逃し、それでもTrattaで仕上がりのよさを披露したAltoplato、安定した牝馬Alesandraが今年7月に引き続いて選ばれました。

2004年8月16日のPalioに参加したContradaと馬・騎手(勝ったのはTartuca)
Contrada騎手最後の勝利Contrada騎手最後の勝利
MontoneZilata Usa
(9歳、去勢雄)
Andrea Mari(Brio)16.08.1990PanteraVai Go
(10歳、去勢雄)
Massimo Coghe(Massimino) 02.07.1994
TartucaAlesandra
(8歳、雌)
Luigi Bruschelli(Trecciolino)16.08.2002SelvaZodiach
(9歳、去勢雄)
Antonio Villella(Sgaibarre)02.07.2003
OcaAltoplato
(8歳、去勢雄)
Giuseppe Michele Pes(il Pesse)02.07.1999DragoBerio
(7歳、去勢雄)
Luca Minisini(De')16.08.2001
NicchioBarattieri
(7歳、去勢雄)
Giovanni Atzeni(Tittia)16.08.1998LeocornoDonnaiuolo
(5歳、去勢雄)
Martin Ballesteros(Pampero)02.07.2001
AquilaDonosu Tou
(5歳、去勢雄)
Alberto Ricceri(Salasso)03.07.1992BrucoAmoroso
(8歳、去勢雄)
Dino Pes(Velluto)16.08.2003

昨年同様炎天下のPiazza del Campoで、8月13日の午前中にTrattaが行われ、あらかじめ分けられた4つの馬のグループによる対戦形式の選考会が行われました。何度かパリオに出た経験のある馬の選考である4度目の対戦では、惜しくも今年7月の勝利を逃した馬Zodiach、Altoplatoが仕上がりのよさをシエナの人々に見せつけていました。自分が調教に関係した馬を披露する機会であるTrattaでは、真剣になりすぎて例年同様落馬する騎手が相次ぎました。
各ContradaのCapitano、獣医らによる長い討議のあと、パリオにふさわしい強く、そして安全にパリオが行われるであろう10頭の馬が1時から始まる予定の抽選を前に12時半頃選出されました。Piazza del Campoの正面に位置するシエナ市庁舎(Palazzo Pubblico)の前に毎年パリオの前だけに使われる看板に馬の番号が記されました。抽選結果を見るために集まったシエナの人々は、あらかじめ発表されている馬の番号表からどの馬が今回のパリオに参加することが出来るのか、そしてどの馬が最も自分のContradaに勝利をもたらす可能性が高いかの皮算用に入りました。 パリオはPiazza del Campoに、この時だけのために土を入れて行う特殊なレースなので、何度かパリオに参加したことがある馬が引き続いて選ばれることがよくあります。

午後1時、シエナ市の人々による高々なトランペットの音とともに、Contradaの名、および10の番号を記した抽選のための用紙の確認が市長により行われました。毎年使われる抽選用の入れ物が何度かまわされ、まず最初の馬の番号が市長により読み上げられました。"Numero 8"、今回のパリオが初めてとなる馬Barattieriが最初の抽選される馬となり、静まったPiazza del Campoでは固唾をのみながらこの馬の行き先を見守り始めました。いつも馬の抽選の時には小さな子供が市長に、Contradaの名前が入った球を渡すのですが、市長はそれをゆっくりと開き、そして"Nicchio"とその馬が引き当てられたContradaの名前を告げました。この馬は初出場ながら、午前中の予備選考でそれなりの結果を示した馬でしたので、一部のこのContradaのひとは最悪の結果ではないと、そして多くのこのContradaのひとはそれでも最高の結果ではないという顔で馬に付いて、Nicchioの厩のあるPorta Pispiniの方向に向かいました。

右の写真がPalazzo Pubblicoの前で行われた馬の抽選結果を発表している様子です。左端の1から10までの番号は、抽選直前に馬の耳に付けられた抽選番号(numero oreccio)、その隣がTrattaの時の選考番号(numero coscia)、そしてその隣にContradaの名前が入ります。

Palioの4日前に行われた馬の抽選会の様子
Palioの4日前にPiazza del Campoで厳粛に行われた馬の抽選会の様子

その次には、前回7月のパリオには獣医らの静止のため参加しなかった、2度の優勝経験のある信頼出来る強い馬Berioの抽選が行われ、これを引き当てたDragoの人々は涙を流しながら喜び、大声でContradaの歌を歌いながら厩の方角に向かいました。3番目には今回の予備選考で最もよい仕上がりを見せ、体調も完璧といわれる前回7月の優勝候補の馬であったZodiachの抽選が行われ、8つのContradaが祈る中この馬を持つことが出来る幸運は、昨年7月にもZodiachを引き当て、さらに勝ったContradaであるSelvaが手にしました。昨年の喜びをまだ忘れていないSelvaの人々は抱き合って喜び、Drago同様大声で歌を歌いながら厩の方向に向かって行きました。
残った7つのContradaの人々は気を取り直しながら、自分たちに配分される馬が少しでもいいものとなるように祈り始めました。静かにZilata UsaがMontoneに、今回がパリオへの初めての参加となるもう1頭の馬DonnaiuoloがLeocornoに、AlesandraがTartucaに配分されてゆきました。そしてこれらのContradaの人々はそれなりの表情で、それでも歌を歌いながらそれぞれのContradaの本拠地のある方向へ進んで行きました。
次にPiazza del Campoに歓喜が訪れたのは、今まで8回パリオに参加し、何度かは優勝候補の一角といわれながらも惜しくも一度も勝利したことがない馬AltoplatoがOcaに配分された時でした。前回7月のパリオの時の抽選では、このContradaのCapitanoの言葉を借りると、決して勝つ見込みのない馬Acquarioを引き、永遠のライバルのContradaであるTorreがあわや43年振りに勝つかとの不安に揺れた7月を過ごしたOcaの人々は、予備選考で調整の良さを見せたAltoplatoを前に、喜び勇みながら高らかにContradaの歌を歌いながらFontebrandaの方向に向かって行きました。
このあとPanteraに今年7月にあわやの健闘を見せた馬Vai Go、Brucoに、昨年8月に次いで参加する馬Amorosoが、最後まで残った今年7月の優勝馬Donosu TouはAquilaの手に渡ることが決まったところで、シエナ市の人々によりトランペットが鳴らされ、パリオの競技の中で最も大切な要素である馬の配分が終了しました。

配分された馬はContradaの人々により奇麗に洗われ、お尻に書かれた番号も消されてこれからパリオまで、くじで決められたContradaの厩で過ごすことになります。各Contradaの本拠地では、責任者らにより与えられた馬に乗せる騎手の選考に入りました。実績のある騎手はそれなりの報酬を要求してきますので、各Contradaの執行部も悩みながら、前々から候補にしている騎手の中から誰を選ぶのが最も適任であるかの模索に入りました。
最も簡単にこの解を示したのが、優勝候補の2角であると予想されるSelvaとDragoで、Selvaは昨年7月にZodiachに乗り、勝利をSelvaにもたらした若い騎手Antonio Villella(Sgaibarre)に、Dragoは3年前の2001年8月のパリオで、その時は初めてのパリオを迎えた無名馬であったZodiachに乗り、勝利をもたらした騎手Luca Minisini(Dè)にすべての希望を託すことを決定しました。Minisiniはペナルティのため今年7月のパリオに出場することが禁止されていましたので、今年最初で最後のパリオになります。MinisiniとDragoはもともと、勝てる馬を引いた場合契約する確約となっていたためか、新聞にはDragoはMinisiniの復活に最高の贈り物を贈ったと書いていました。

Contradaの本拠地で奇麗に洗われるOcaの馬Altoplato
抽選のあと、Santuario di Santa Caterinaの前の庭で奇麗に洗われるOcaの馬Altoplato

今回が初のパリオとなる馬Barattieriを引いたNicchioは、昨年同様若手騎手のGiovanni Atzeni(Tittia)の起用を決定しましたが、もう1頭のデビュー馬Donnaiuoloを引いたLeocornoはベテラン騎手のDario Colagè(il Bufera)の起用を発表しました。Zilata Usaを引いたMontoneは早い時間に若手の勝利経験のない騎手Andrea Mari(Brio)を、7月のパリオで意外に力を発揮したVai Goを得たPanteraは、その時の騎手Dino Pes(Velluto)の起用を検討したようですが途中で断念し、1994年にこのContradaが最後にパリオに勝利した時に騎手であった、Panteraといい関係にあるベテラン騎手Massimo Coghe(Massimino)の起用を発表しました。
抽選のあと大喜びしていたOcaは超ベテラン騎手のGiuseppe Pes(il Pesse)と、今年7月にGiraffaに勝利をもたらしたAlberto Ricceri(Salasso)との間で悩みながらも、最終的に現在現役騎手で最多勝利を誇るPesの起用を決め、今年7月に勝った馬Donosu Touを手にしたAquilaはげんを担いでかRicceriの起用を発表しました。最後まで悩んだのがお互いにあまり期待が出来ないと予想される馬を引いたTartucaとBrucoで、最終的にBrucoは今年7月のパリオで健闘した騎手Dino Pes(Velluto)を、Tartucaは2002年8月にTartucaの衣装を纏ってBerioに乗りTartucaに勝利を、さらに2003年8月に同じ馬Berioに乗りBrucoに勝利をもたらした、本来いい馬をBrucoが引いた場合騎乗することが確約されていたとされるベテラン騎手Luigi Bruschelli(Trecciolino)を起用することを発表しました。


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参考文献; La Terra in Piazza, 1994, nuova immagine editrice (University of California Press)