[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

2005年のil Palio

2005年のシエナのパリオ(il Palio di Siena)に参加するシエナの町内会コントラーダ(Contrada)
7月2日8月16日
AquilaCivettaLeocornoTartuca CivettaTorreGiraffaOnda
ChiocciolaNicchio LupaChiocciolaIstrice
LupaOndaTorreBrucoMontone LeocornoSelva

緑色の字で書いてあるのは2005年5月29日の抽選(Estrazione)で選ばれた、昨年7月にパリオに参加し、今年も7月のパリオに参加することが許された4つの町内会(Contrada)赤色の字で書いてあるのは2005年7月11日の抽選で選ばれた、昨年8月にパリオに参加し、今年も8月のパリオに参加することが許された3つの町内会(Contrada)です。
シエナには17の町内会がありますが、パリオの競技の時の安全性を考慮してそのうち10のコントラーダだけがパリオに参加できるルールになっています。基本的には、7月のパリオの場合、前の年の7月のパリオに参加できなかった7つのコントラーダが優先出場枠を持ち、残りの3つの枠をパリオの5週間前の日曜日に行う抽選会によって決定します。
2005年の7月まではシエナで最も大きなコントラーダであるIstrice(ヤマアラシのコントラーダ)が抽選から除外されていますので、7月のパリオのみ4つの枠を巡っての選考が行われました。

Palio di Provenzano; 2005年7月2日のPalio

5月30日の夕方に行われた抽選会(Estrazione)で、シエナで最も大きなコントラーダであるIstriceと歴史的に深く対立しているLupa(雌オオカミのコントラーダ)、シエナのコントラーダの中では現在最も長い、過去43年間勝利から遠ざかっているTorre(塔のコントラーダ)、この塔のコントラーダの隣接した地区であり、それ故に塔のコントラーダと深く対立しているOnda(波のコントラーダ)、1996年8月に41年振りにパリオに勝利し、さらに2003年8月にもパリオに勝利したBruco(虫のコントラーダ)の4つのContradaが選出されました。
このEstrazioneの日曜日は偶然、サッカーセリエAの最終戦に重なり、Piazza del Campoにはサッカー場からシエナのサッカーチームACシエナのユニフォームを着た人もたくさん押し寄せました。資金難・戦力不足のACシエナですが、昨年に続き今期もセリエA残留を果たし、多くのセネーゼと呼ばれるシエナ市民を喜ばせました。
この日は抽選会の開始の少し前位から雨が降り始めました。抽選会の開始を知らせるラッパの音がシエナ市役所から鳴った後雨は激しく降り始めましたが、抽選によって選ばれた4つのコントラーダに属する人々はパリオに参加出来る歓喜に酔いしれていました。

6月26日の夕方シエナ市庁舎Parazzo Pubblicoで今回の勝ったコントラーダに与えられる優勝旗Drappelloneが発表されました。7月のPalioに勝ったコントラーダに渡されるDrappelloneはシエナ近郊の芸術家によってデザインされたものの中から選ばれ、今回はシエナ出身、貝のコントラーダに所属する女性Rita Pettiさんのデザインが選ばれました。

Assegnazione dei cavalli

7月のパリオの4日前の6月29日の午前中に、参加を申請した馬の中から選ばれた馬によるTrattaが行われ、各ContradaのCapitanoによりパリオに参加する10頭の馬が選ばれ、その昼に、Piazza del Campoでパリオに参加する10のContradaに馬を割り当てる抽選が行われました。
コントラーダの責任者らにより、2001年8月と2003年7月のパリオで勝利した馬Zodiach、2002年8月、2003年8月のパリオで勝利した馬Berio、2004年8月のPalioで勝利した馬Alesandraを始めとし、何度かパリオのレースに参加した経験のある馬であるBrento、Vai Go、Zilata Usaと、今年5歳となり初めてパリオに参加出来る年になった馬を含めて何匹かのデビュー馬が選ばれました。
シエナのパリオでは参加するContradaは最も大切な要素である馬を自分で選択することが出来ずくじ運のみに任せることになります。そして競技に参加する馬はすべてが最高の馬ではなく、ハプニングを期待した馬や決して勝つことが出来ないだろうと予想されている駄馬も含まれています。このことからもパリオで勝つために最も大切なことはすべてにおける運だと言われています。

2005年7月2日のPalioに参加したContradaと馬・騎手(勝ったのはBruco)
Contrada騎手最後の勝利Contrada騎手最後の勝利
AquilaZilata Usa
(10歳、雌)
Luca Minisini(De')03.07.1992CivettaVai Go
(11歳、去勢雄)
Giuseppe Zedde(Gingillo)04.07.1979
TorreDonnauiolo
(6歳、去勢雄)
Antonio Villella(Sgaibarre)16.08.1961ChiocciolaElfo di Montalbo
(8歳、去勢雄)
Salvatore Ladu(Cianchino)16.08.1999
LeocornoAlessandra
(9歳、雌)
Giuseppe Pes(il Pesse)02.07.2001OndaEllery
(5歳、雌)
Walter Pusceddu(Bighino)02.07.1995
NicchioBrento
(7歳、去勢雄)
Giovanni Atzeni(Tittia)16.08.1998LupaZodiach
(7歳、去勢雄)
Alberto Ricceri(Salasso)02.07.1989
BrucoBerio
(8歳、去勢雄)
Luigi Bruschelli(Trecciolino)16.08.2003TartucaE.T. di Gallura
(5歳、雌)
Andrea Mari(Brio)16.08.2004

猛暑の中、パリオの4日前である6月29日に例年通りかたつむりのコントラーダContrada della Chiocciolaの守護聖人の祝日のパレードが行われていました。シエナの中心であるPiazza del Campoでは朝からパリオのコースに実際馬を走らせ、パリオの参加させる馬を決めるTrattaと呼ばれる選別会が午前中をかけて行われ、午後1時の抽選会(Assegnazione dei cavalli)を前にコントラーダに渡される10頭の馬が選ばれました。
シエナの市長により、くじ引きの馬の番号とパリオに参加するコントラーダの名前が確認された後、抽選が行われました。
最初にくじによって選ばれた馬は今年5歳になり始めてパリオに参加されることが出来るデビュー馬Elfo di Montalbo で、この馬がシエナ近郊で行われるレースでもたいした成績を収めていないことからか、かたつむりのコントラーダにそれが与えられることが決まったとき、かたつむりのコントラーダの人々のため息と、かたつむりのコントラーダのライバルであるカメのコントラーダContrada della Tartucaの人々の喜びの声(”ライバルは駄馬を引いた、良かった”)がPiazza del Campoをこだましていました。どこのコントラーダも強い馬を欲しがっており、駄馬が1頭づつほかのコントラーダにわたり、自分のところに有力馬が来ることを祈っているようです。
その次に選ばれたのは、過去のパリオで勝ったことはないながらもそれなりの結果を出している馬Zilata Usaで、選ばれた鷲のコントラーダNobile Contrada dell'Aquillaの人々は喜んでコントラーダの歌を歌いながらPiazza del Campoを去って行きました。
さらに、何度かパリオの経験があり、地方のレースでもいい走りを見せている馬Brentoが選ばれたときには、Piazza del Campoの興奮はさらに高まりました。固唾をのんで8つのコントラーダの人々が見守る中、貝のコントラーダNobile Contrada del Nicchioの人々がその幸運を手にし、互いに抱き合い大声でコントラーダの歌を歌いながらコントラーダのうまやの方角に向かってPiazza del Campoを後にしました。
その次には2002年にカメのコントラーダ、2003年に虫のコントラーダNobil Contrada del Brucoと2年連続でパリオに勝利した馬Berioが選ばれました。去年位から神経質になっているとも言われたBerioですが、過去2度の圧倒的な勝利が心に残るシエナの人々にとっては未だに人気衰えない馬です。市長はこの馬を引き当てたコントラーダとして虫のコントラーダNobil Contrada del Brucoの名を呼び、2年前の興奮を思い出した虫のコントラーダの人々は喜んでBerioとともにPiazza del Campoを後にしました。
有力馬が次々と去って行く中Piazza del Campoの人々の目は、今回最有力と言われている2回の勝利経験のある馬Zodiachに集中していましたが、その次に選ばれた馬は昨年8月のパリオでデビューしながら大した結果を示さなかった馬Donnauioloでした。Piazza del Campoの残った人々の”この馬は欲しくない”という思いが回る中、市長が呼んだコントラーダはここ44年間勝利から遠ざかったいる塔のコントラーダContrada della Torreでした。さらに残り2頭のデビュー馬であるそれぞれ5歳の牝馬E.T. di Gallura、Elleryがカメのコントラーダ、波のコントラーダContrada Capitana dell'Ondaへと静かに渡されて行きました。
残ったのはパリオの勝利経験も豊富な10歳馬Zodiach、昨年8月のパリオで勝利した牝馬Alesandra、昨年7月のパリオで惜しくも2位であった11歳馬Vai Goでした。
人気馬Zodiachは今年7月、今回のパリオまでペナルティでレースに参加出来ないコントラーダであるヤマアラシのコントラーダContrada Sovrana dell'Istriceのライバル、雌オオカミのコントラーダContrada della Lupaが手にしました。1989年からずっと勝利から遠ざかっているLupaの人々は大きな声で自らのコントラーダを褒め讃え、ライバルIstriceを罵倒する歌を歌いながらコントラーダの本拠地の方向に向かって行きました。
LupaとZodiachがいなくなった後Piazza del Campoには今まで25年間勝利から遠ざかっているフクロウのコントラーダContrada Priore della Civetta、そのライバル一角獣のコントラーダContrada del Leocornoでした。本命無き後、Leocornoの手にAlesandraがわたること、残ったCivettaにVai Goがわたることが決まり、パリオの勝負を決めるにあたって最も重要であり、運だけがすべてを決める馬の配分が終了しました。
この後、この日の夜7時45分から始まる最初の練習走行までにパリオに参加する各コントラーダは騎手を選択します。騎手の経験や技術により騎乗料金に幅があるためコントラーダごとにいい馬を引いた場合、そうでない馬を引いた場合とあらかじめ騎手を考えているようですが、馬が決まらない限り騎手も決めることが出来ません。
シエナで現在最強と言われる騎手Luigi Bruschelli(Trecciolino)と契約を持っているBrucoは、2年前にBrucoに同じ馬Berioで勝利をもたらした騎手であるBruschelliに、2年前同様依頼することを早々と決定しました。Aquilaは何度かパリオで勝利経験のあるLuca Minisini(De')、LeocornoはベテランのGiuseppe Pes(il Pesse)に望みを託すことにしました。
1番人気の馬Zodiachを引いたLupaは昨年7月のパリオできりんのコントラーダImperial Contrada della Giraffaに勝利をもたらした騎手Alberto Ricceri(Salasso)を選択しました。


守護聖人のためのパレードで、伝統的装束を纏いシエナ旧市街を回るかたつむりのコントラーダの人々(Piazza del Campoにて撮影)

残念ながら最有力馬を得ることが出来なかったかたつむりのコントラーダの人々が暑い中、シエナの旧市街を太鼓を叩き、旗を振りながら一所懸命パレードをしています。パリオに参加する10のコントラーダに所属する人々は、そのコントラーダの本拠地に連れられた馬が、コントラーダの人々によって奇麗に洗われ、準備してあった厩に入るのをじっと見つめています。郊外に住むシエナの人も自分の属するコントラーダがパリオに参加することを、自分の家にコントラーダの旗を飾って主張しています。観光客と、パリオを楽しむシエナの人々でごった返すシエナの旧市街ではいつも通り午後7時45分からの最初の練習走行に向けて準備が進められています。

試験走行直前のカンポ広場の様子

7月2日のPalioの前には、6月29日の夕方から数えて6回の試験走行Provaが行われます。しかしシエナのパリオのルールでは一度与えられた馬を交換することは許されないので、馬の足などを痛めないように騎手はパリオにおいて最も大切とされるスタートの練習などは真剣に行いますが、その後は慣らしで馬を走らせる場合が多いです(但し、パリオのレース経験のない馬を引いてしまった場合、カンポ広場という妙な場所に馬を慣らす必要があります)。
5度目の試験走行(Prova Generale)の後それぞれのコントラーダではパリオの勝利またはライバルのコントラーダの敗北を祈る決起の夕食会(Cena della Prova Generale)が行われます。チケットはだいたいパリオの1週間ほど前から販売が開始され、残りのチケットがある場合はパリオの前日までそのコントラーダの事務局などで販売されていますので、興味のある方は参加してみるとパリオ直前のシエナの人々の興奮に密接することが出来ます。

Curva di San Martinoを走るLupaの馬Zodiach(右)とBrucoの馬Berio


Palioの当日は6度目の練習走行(Provaccia)の前に、パリオで事故が起こらないようにとの騎手へのミサがカンポ広場にて行われます。7月1日の未明くらいから各コントラーダの若者および旅行者らの一部が、レースがよく見えそうな位置の場所取りを行っています。
7月2日の午前中にパリオに参加する各コントラーダのCapitanoらにより、パリオに参加させる騎手を公式に発表します(この瞬間から騎手を交換することも出来なくなります)。



Corteo Storico

Piazza Salimbeniに向かうヤマアラシのコントラーダPiazza Salimbeniでのヤギのコントラーダ


パリオの前にはシエナの17のコントラーダの若者らによる歴史的装束を纏ってのパレードが行われます。午後各コントラーダの教会で行われるミサに参加した若者らは、1472年に創業したシエナの銀行Monte Paschi di Sienaの創設者Salimbeniの銅像が置かれるPiazza Salimbeniにまず集まり、その後Duomoからvia del Capitanoを通り、via Cassato di SottoからPiazza del Campoに向かいます。パリオの行事はMonte Paschi di Sienaの資金援助により例年執り行なわれ、伝統的装束の購入費用やコントラーダの教会の維持などに使われています。


Duomoに向かうかたつむりのコントラーダ。左からPaggio Maggiore、Alfieri、Duce

Duomo付近での波のコントラーダ


シエナのDuomoは2005年春からファザードおよび屋根の修復工事を始めました。工事は予定では1年半ほどかかると言われています。

Back to Previous Page back HOME go to page Top go to  next page

参考文献; La Terra in Piazza, 1994, nuova immagine editrice (University of California Press)